細川忠興
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Fss075豊臣秀吉
大馬印は金の軍配団扇に赤の吹貫、
馬印は金の瓢箪に金暖簾。
旗印は総金の旗に金の招き。
家中指物は金の四半。
使番指物は金の切裂。
(※画像は馬印と旗印、使番指物のイメージ作品です)
馬印は「馬験」「馬標」とも書きます。
大型で武将の馬側に立てた旗や作物(つくりもの)。
馬印には大馬印と小馬印があり、小馬印は旗指物を兼ね、
大馬印は大型の目印として武将の好みの形状の物、
旗などを使用したそうです。
また馬印は「纏(まとい)」とも称されていました。
大馬印と小馬印を分けたのは武田信玄といわれていますが、
その時代は「大纏」「小纏」といいました。
馬印と纏を別々のものとしている武家もあり、
家によってとらえ方が違っていたようです。
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【中白】その1・・・真ん中が白い旗です。
Fss121黒田忠之
チチは赤。出しには白い招き旗。
屏風絵は小さすぎてよく見えませんが
招き旗には家紋が描かれているようです。
※黒田忠之は長政の嫡男。
Fss111桑山貞晴
チチは白。出しは無。
※桑山貞晴は豊臣秀長家臣。
のち秀吉、家康に仕えました。
千利休の子・千道安に学んだ
江戸前期の茶人。
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Fss078京極高知・・・黒地に白の目結(チチ:赤)
Fss081京極忠高・・・赤地に白の四目結(チチ:赤)
※高知は高吉の二男。信濃飯田城主、のち丹後宮津城主
兄・高次とともに豊臣秀吉に使えました。(関ヶ原では東軍)
※忠高は高次の子。出雲松江城主。父の死後は若狭小浜
9万石を相続。
両名とも大坂冬・夏の陣に従軍しました。
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【総白(2)】
稲葉一通は白無地の旗に“出し"には赤い招き旗、
木下延俊は“出し”には黒毛の団子のようなものがつき
チチは赤色でした。総白に遠慮して、何らかの
違いを工夫したのかもしれません。
稲葉一通・・・豊後臼杵藩第三代藩主。
木下延俊・・・豊後国日出(ひじ)城主。
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【中黒】・・・上中下三段の中部分が黒い旗
Fss025 内藤政長
"出し"には金の軍配団扇に赤の招き旗が
ついていました。
※父は家長、上総佐貫2万石~陸奥7万石
Fss107 来島通清(くるしまみちきよ)
※父は豊後森藩主来島(久留島)通春
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