細川忠興

Ff0072 Fss085細川忠興・・・九曜紋の旗

※肥後熊本藩主。細川幽斎の子。

(※F07として販売中)

※九曜紋の詳細はこちら↓

http://www.aduchimomoyama.com/guide_k.htm#hosokawabosi

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豊臣秀吉

Fss075豊臣秀吉
Fss075大馬印は金の軍配団扇に赤の吹貫、
馬印は金の瓢箪に金暖簾。
旗印は総金の旗に金の招き。
家中指物は金の四半。
使番指物は金の切裂。

(※画像は馬印と旗印、使番指物のイメージ作品です)

馬印は「馬験」「馬標」とも書きます。
大型で武将の馬側に立てた旗や作物(つくりもの)。
馬印には大馬印と小馬印があり、小馬印は旗指物を兼ね、
大馬印は大型の目印として武将の好みの形状の物、
旗などを使用したそうです。
また馬印は「纏(まとい)」とも称されていました。
大馬印と小馬印を分けたのは武田信玄といわれていますが、
その時代は「大纏」「小纏」といいました。
馬印と纏を別々のものとしている武家もあり、
家によってとらえ方が違っていたようです。

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毛利秀元

【赤地白餅】
Ff0192 Fss124毛利秀元

毛利元就四男:穂井田元清の次男。
主家毛利輝元の養子となる。

(※F19として販売中)

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毛利秀就

【中白】その2・・・真ん中が白い旗です。

Ff094_thumb Fss076毛利秀就
チチは赤。出しは無。
※毛利秀就は輝元の子。

(※F94として販売中)

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黒田忠之、桑山貞晴

Fss1211 【中白】その1・・・真ん中が白い旗です。

Fss121黒田忠之
チチは赤。出しには白い招き旗。
屏風絵は小さすぎてよく見えませんが
招き旗には家紋が描かれているようです。
※黒田忠之は長政の嫡男。

Ff093_thumb Fss111桑山貞晴
チチは白。出しは無。

※桑山貞晴は豊臣秀長家臣。
のち秀吉、家康に仕えました。
千利休の子・千道安に学んだ
江戸前期の茶人。

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京極高知、京極忠高

Fss078京極高知・・・黒地に白の目結(チチ:赤)
Ff083_thumb

Fss081京極忠高・・・赤地に白の四目結(チチ:赤)
Fss081_3   

※高知は高吉の二男。信濃飯田城主、のち丹後宮津城主
兄・高次とともに豊臣秀吉に使えました。(関ヶ原では東軍)
※忠高は高次の子。出雲松江城主。父の死後は若狭小浜
9万石を相続。
両名とも大坂冬・夏の陣に従軍しました。

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本多忠政

Fss016本多忠政【中黒に本の字】

Ff0022
屏風絵では出し不明。ちょうど竿あたりから
分断されていて貼り合わされているようです。
残念。
※本多忠政は忠勝の子。姫路15万石。

同じ旗は「F02本多忠勝」として販売中

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稲葉一通 木下延俊

【総白(2)】

稲葉一通は白無地の旗に“出し"には赤い招き旗、
木下延俊は“出し”には黒毛の団子のようなものがつき
チチは赤色でした。総白に遠慮して、何らかの
違いを工夫したのかもしれません。

Ff081 稲葉一通・・・豊後臼杵藩第三代藩主。
木下延俊・・・豊後国日出(ひじ)城主。

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内藤政長 来島通清

【中黒】・・・上中下三段の中部分が黒い旗

Fss025 Fss107

Fss025 内藤政長
  "出し"には金の軍配団扇に赤の招き旗が
  ついていました。
 ※父は家長、上総佐貫2万石~陸奥7万石

Fss107 来島通清(くるしまみちきよ)
 ※父は豊後森藩主来島(久留島)通春

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徳川家康(2)

【SDS-iey 徳川家康】金の丸に金暖簾と総白の旗

Fss001

「暖簾(のれん)」は旗系の仕様名として
暖簾に形が似ているため、こう呼ばれる
ようですが、実際に日よけや仕切りとしても
役だったかもしれません。
「切裂」の一種としてもよさそうです。

(※画像のセットはアウトレット販売中)

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