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2005.01.12
長束正家の和歌
「宮島の春の景色は君が代の
風ふかぬとや花も知るらむ」
●長束正家【生没】?~慶長5年(1600)
豊臣秀吉が九州征伐の際に厳島に立ち寄り座主水精寺
にて興行されたときに詠まれたといわれています。
「宮島のこの素晴らしい春の景色はあなた様が治めて平和に
なったので花さえも風におびえることがないと知っています」
といった感じでしょうか。美しい宮島の景色と春ののどかな
感じも伝わってきますが、やはり秀吉への気遣いが
前面にでてますよね。秀吉の喜ぶ顔が見えるようです。
五奉行の一人らしい和歌だと思います。
長束正家は近江水口城主。豊臣秀吉の五奉行の一人で財政を
担当しました。はじめは丹羽長秀・長重に仕えていましたが
その後秀吉に仕え、小田原征伐での兵糧輸送や、太閤検地で
活躍します。関が原の合戦では西軍に属し、安濃津城攻撃後、
南宮山に布陣じますが、敗北後捕虜となり近江桜井谷で
自刃しました。
投稿:by いろは 2005 01 12 | 固定リンク
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コメント
こんにちは
与六です。
おそらくこの人が最初の「官僚」的な武士だったんじゃないでしょうか
三成や長盛にはまだ「武」の香りがしますが、この人からはしませんね。
流通が盛んになって貨幣経済が浸透していく段階ではこの人の存在は秀吉としては重宝したと思われます。
近江らしい人ですね。
もっともこれが三河徳川家ならば榊原康政あたりに
「塩味噌の勘定しかできぬ腸の腐れ者」
にされたかもしれません。
家風でしょうか。
この頃から「武」と「官」の違いがはっきりしてきてますね。
どうということもない歌ですが。
こんなところからも経理畑一筋って感じがします。
投稿者: 与六 (2005/01/12 11:32:03)
与六様。こんにちは。"いろは"です。
確かに「武」の香りがしない、地味なイメージが
ありますね。縁の下の力持ち的な仕事に徹する人が、
どう「武」の香りがする武将達とかかわったのか、
そしてその後「官」が「武」を超えてゆくの時代が
くるのですよね。生まれるのが少し遅かったら
もっと輝いた人かもしれないですね。
いつもありがとうございます。
もう一人「官」の香りのする武将をアップしました。
投稿者: いろは (2005/01/14 1:32:36)


