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2004.12.06

茶々(淀殿)の和歌

「花もまた君のためにと咲き出でて
          世にならびなき春にあふらし」

●茶々【生没】永禄12年(1569)~元和2年(1615)

 慶長3年3月に行われた醍醐の花見の時に
詠んだ和歌といわれています。
「君」は豊臣秀吉のことでしょうね。
本心かどうかは不明ですが、そつのない和歌だと思います。
やはり賢かったのかな。

茶々は浅井長政と織田信長の妹・お市の方との間に
生まれた豊臣秀吉の側室です。長政の死後、
新しく母・お市が嫁いだ柴田勝家も秀吉に攻められ、
父母を失います。仇敵秀吉に庇護されて数年後に側室となり
2人の男子を産みました。長男鶴松は夭折し、
次男秀頼が豊臣家を継ぎますが元和元年大阪夏の陣で
徳川家康に敗れ、秀頼とともに自刃しました。

投稿:by いろは 2004 12 06 | 固定リンク

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コメント

こんにちは
与六です。

戦国に生きた人は無数にいますが、生涯で3回も落城を経験したのはこの女性だけでしょう。
想像を絶する事ですね。辛かったと思います。
私的には秀頼は太閤の子ではないと思っています。
生涯で「手を付けた」女性がわかってるだけで300を越えていて、この人だけが2回も妊娠というのは・・・
それを前提とすれば、太閤とその官房をまかされた三成は相当に綿密だと思います。
あるいは如水か?
想像を逞しくしすぎでしょうか?(笑)

投稿者: 与六 (2004/12/06 1:14:37)

 有楽斎です。
 淀の方さまと聞くと
 有楽斎は池上季実子ば思い出すとです。
 ハマリ役やったとです。

 有楽斎 

投稿者: 有楽斎 (2004/12/06 22:48:40)

与六様 こんにちは。"いろは"です。
歴史に「もしも」は禁物ですが、当時DNA鑑定が
できたら、大阪の陣はなかったかもしれないですね。
そうしたら、真田幸村も、後藤又兵衛も、皆
あの戦いで死ぬことはなかったのに・・・
人が生まれる(出産)ことは歴史が変わること
なのでしょうね。そして亡くなることも・・・。
私の身の回りでも小さな歴史の動きが毎年あります。
そうそう、私は大野治長説です。
いつもありがとうございます。

投稿者: いろは (2004/12/07 0:21:45)

有楽斎様 こんにちは。"いろは"です。
そうですね。そうですね。
淀殿役はたくさんの女優さんが
おやりになっていて、それぞれ個性的ですよね。
これからも、どんな淀殿が生まれるかも
楽しみですね。
はやく戦国物の大河ドラマやらないかなぁ~。
いつもありがとうございます。


投稿者: いろは (2004/12/07 0:26:40)

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