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2004.12.18
細川勝元の和歌
「大海の限りも知らぬ浪の上に
あはれはかなく舟のゆく見ゆ」
●細川勝元【生没】永享2年(1430)~文明5年(1473)
昨日は応仁の乱の西軍大将:山名宗全だったので、
今日は東軍大将:細川勝元にしてみました。
武林拾葉より。限りのない大海とはなかなか決着の
つかない応仁の乱の事を言っているのかもしれないですね。
人生そのものかも・・・。東西両大将二人とも
共通して物悲しさを詠っているところに大将共通の
孤独感のようなものがあるのかなぁ?
勝元は室町幕府官僚。摂津・丹波・讃岐・阿波の守護。
はじめ山名宗全(持豊)と結び、畠山氏に対抗していま
したが、足利将軍家や畠山氏、斯波氏の継嗣争いに関与し、
宗全と対立するようになり、応仁の乱に発展。
東軍の総大将として戦いますが勝敗が決まらないまま
西軍総大将であった宗全が病死。勝元もそのわずか
2ヵ月後に病没してしまいました。

投稿:by いろは 2004 12 18 | 固定リンク
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コメント
こんにちは
与六です。
戦国期の合戦とは違った政治的な駆け引きがほとんどで、家名第一で大将になったという事で、弓矢よりは政治の方が得意だったようですね。
雅を追求して公家的な要素も多分に感じられます。
ふたりの大将に戦国武将の迫力よりも風雅が感じられるのは足利源氏が本来の姿とは変わった証拠かもしれませんね。
投稿者: 与六 (2004/12/18 23:28:31)
与六様 こんにちは。"いろは"です。
何か共通のものを感じるなぁと思っていましたら
風雅だったんですねぇ。時代背景をよく理解して
いないと浅い理解になってしまいますね。
もっともっと楽しむために勉強しなくちゃ!
いつもありがとうございます。
投稿者: いろは (2004/12/19 22:04:50)


