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2004.11.27

三浦道寸の辞世

「打つ者も打たるる者も土器よ
        砕けて後はもとのつちくれ」

●三浦道寸【生没】?~永正13年(1516)

「土器」は「かわらけ」と読みます。
三浦義同(よしあつ)は扇谷上杉高救の子で、
相模守護三浦時高の養子となりましたが、実子高教が
生まれたので、いったん出家して道寸と名乗り、
足柄の総世寺に隠れます。その後新井城に時高、
高教を攻め滅ぼし三浦家を手に入れ、相模岡崎城に
拠りました。しかし北条早雲に攻められて、
最後は新井城にて防戦、兵糧がつきて自刃します。

「打つ者も打たるる者も」は
大内義隆
の辞世にも似たところがありますね。死の直前に
打つ者と打たれる者との双方にむなしさを感じて
いるあたりは、単なる負け惜しみでない、悟りの
境地のような心境になるものなのでしょうか。
だとしたら、道寸はおちついて死を迎えられて
よかったのかな?と"いろは"は思います。

余談ですが、この辞世は永正15年7月11日の
虎の刻に切腹のした際の辞世です。道寸を滅ぼした
北条家の子孫の氏政も天正18年の同じく7月11日
虎の刻に相果てていることから、道寸の「怨霊の祟り」
と五代記にしるされています。

投稿:by いろは 2004 11 27 | 固定リンク

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コメント

 有楽斎です!
 私は恥ずかしながらこの武将を知りませんでした^^;
 いやあ・・さすがいろは姫!
 深いですね~!
 実に深い!
 覚えておきます^^

 有楽斎

投稿者: 有楽斎 (2004/11/28 2:06:29)

有楽斎様 こんにちは。"いろは"です。
私は神奈川県の三浦半島出身なので、
ご先祖様が三浦道寸の支配を受けていたかも?
なんて可能性もありなんとなく身近でした。
「道寸饅頭」なるものも販売されているのを、
見たこともありますが、引っ越してしまったので、
いまだ食べたことはありません・・・。
いつもありがとうございますぅ!

投稿者: いろは (2004/11/28 17:08:17)

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