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2004.11.25
中川清秀の辞世
「中川も今は三途の川ぞかし同じ淵瀬に身をば沈めむ」
●中川清秀【生没】天文11年(1542)~天正11年(1583)
賤ヶ岳の合戦の際に詠んだ辞世です。
賤ヶ岳の合戦では一族の中川淵之助も討死しました。
清秀は別称瀬兵衛ともいい、淵之助の「淵」と
瀬兵衛の「瀬」を組み合わせて「淵瀬」と読み込んで
いるんですね。仲がよかったのかもしれません。
「淵瀬」は「世の無常」をたとえる語としても使われます。
また「中川」と「三途の川」の対比も洒落ているように
思います。合戦中に詠んだにしては余裕が感じられます。
合戦前から辞世を準備していたのかもしれないですねぇ。
中川清秀は摂津茨木城主。はじめ池田勝政に仕えて
摂津高槻城主・和田惟政を討ち取りました。その後
織田信長に仕え荒木村重の配下になりますが、村重が
信長に叛いたので信長直属となります。山崎の合戦では
秀吉につき軍功をあげ、賤ヶ岳の合戦では大岩山の砦を
守って佐久間盛政と戦い戦死しました。享年42歳。
投稿:by いろは 2004 11 25 | 固定リンク
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コメント
中川清秀に関する貴重な情報、ありがとうございます。
投稿者: 斎藤和良 (2007/03/24 13:09:53)
中川清秀に関する貴重な情報、ありがとうございます。
投稿者: 斎藤和良 (2007/03/24 13:09:59)


