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2004.10.31

明智光秀の和歌

「心しらぬ人は何とも言はばいへ身をも惜まじ名をも惜まじ」

●明智光秀【生没】享禄元年(1528)~天正10年(1582)
    
真書太閤記六編巻之十五「明智光秀坂本へ帰る事」に
天正10年5月光秀は叛逆を決意し「丹波に坂本召し
上げられし上からは人々我に続け」といいながら坂本への
道すがら詠んだと伝えられています。
このとき光秀は転封を命じられていましたが、
新しい領地はまだ敵の領地であり、合戦で切り取り次第、
つまり領地を召し上げられ、合戦で勝たなければ帰る場所が
ない状況に追い込まれていました。本能寺の変の黒幕説が
話題になりますが、「心しらぬ人は」に対して
「知っている人」は誰だったのでしょうね。

投稿:by いろは 2004 10 31 | 固定リンク

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コメント

この方は、辞世の句を詠めるような死に様ではなかったのですよね。
さぞや無念だった事でしょう・・・

投稿者: Oz (2004/11/01 3:03:28)

コメントをどうもありがとうございました。
嬉しいです。本当に無念だったでしょうねぇ。
はじめ私はこの和歌は無念すぎてなげやり
なかんじになってしまった辞世なのかなと
思っていたのですが辞世ではないのですよね。

投稿者: いろは (2004/11/03 4:54:11)

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